
「また下がった。これはリーマンショックの再来か?」「コロナショックみたいになるのでは?」——市場が揺れるたびに、こうした声が飛び交います。しかし、すべての「市場の揺れ(ボラティリティ)」が同じ性質を持つわけではありません。
2025年3月、世界最大級の運用会社バンガード(Vanguard)のシニアエコノミスト、Kevin Khang博士が発表した論考「Not all market volatility is created equal(市場のボラティリティはすべて同じではない)」は、この見落とされがちな事実を明快に整理しています。
本記事では、このバンガードの論考を日本語でわかりやすく解説しつつ、行動経済学・金融理論の観点からさらに深堀りします。「今の揺れはどのタイプか」を見極める視点を持つことで、パニックに流されにくい投資判断に近づけるかもしれません。最終的な投資判断はご自身でご検討ください。
- 市場のボラティリティには「エピソード型」「景気循環型」「実存的危機型」の3種類がある(バンガード分類)
- 3タイプは性質・持続期間・投資家への影響がまったく異なる
- 2025年前後の市場は「景気循環型」に分類され、数週間〜数ヶ月単位の継続が想定される
- 行動経済学の観点では、直近性バイアス(Recency Bias)・損失回避・ハーディングがパニック売りを増幅させる
- エクイティリスクプレミアム(株式超過収益)は、ボラティリティを受け入れることへの対価として得られる
- バランスのとれたポートフォリオは、暴落に耐える「設計」が前提とされている
① バンガード論考の背景——「揺れ」への問いかけ
バンガードのKevin Khang博士は、2025年3月、投資家の不安が高まる局面でこの論考を公表しました。論考の冒頭はこう始まります。
「何となく不安」で終わらせず、ボラティリティを「種類」で分類するという視点は、金融の現場でも学術研究でも注目されています。「何が起きているか」を分類できれば、適切な判断につながりやすいからです。
② ボラティリティの3分類——バンガードの整理
バンガードはボラティリティ上昇を引き起こすリスクを、以下の3種類に整理しています。
(Episodic)
例:2018年初の金利懸念スパイク、2024年8月の雇用統計ショック(約1週間で収束)
(Economic Cycle-driven)
例:1980〜82年ボルカーショック、2001年ITバブル崩壊、2022年インフレ・利上げ相場
(Existential)
例:2008〜09年リーマンショック、2020年COVID-19初期
この3つは持続期間・深刻度・原因がまったく異なります。一緒くたに「暴落」「危機」と呼んでしまうと、判断を誤るリスクがあります。
| タイプ | 持続期間(目安) | 深刻度 | 主な原因 | 歴史的事例 |
|---|---|---|---|---|
| エピソード型 | 数日〜数週間 | 低〜中 | 局所的なイベント、投機的ポジションの巻き戻し | 2018年VIXショック、2024年8月 |
| 景気循環型 | 数週間〜数ヶ月 | 中〜高 | 景気減速、インフレ、金融政策の転換 | 2001年、2022年 |
| 実存的危機型 | 数ヶ月〜1年以上 | 極めて高 | システミックリスク(金融システム全体の機能不全) | 2008〜09年、2020年初頭 |
③ 2025年前後の市場——バンガードは「景気循環型」と判断
バンガードは2025年時点の市場ボラティリティについて、「エピソード型でも実存的危機型でもなく、景気循環型に該当する」と整理しています。その根拠として、3つの要因を挙げています。
要因1:政策不確実性の高止まり
関税政策をはじめとする通商政策の変化が、成長への重荷とインフレ圧力を同時に生む可能性があるとされています。この不確実性は一国内にとどまらず、グローバルな動態として観察されています。
要因2:AIと財政赤字という「2つのメガトレンド」の綱引き
バンガードのグローバル チーフエコノミストが指摘するように、AI主導の生産性向上と構造的財政赤字の拡大という、方向性の異なる巨大な力が市場に影響を与えています。AIが労働市場や産業競争に与えるインパクト、そして財政赤字に敏感な債券市場の動き——この綱引きが当面の不安定要因となるとされています。
要因3:FRBのジレンマ
米連邦準備制度(Fed)は、2%のインフレ目標に戻りきらない状況で政策判断を迫られています。もし再びインフレが上昇した場合、利下げで景気を支えることが難しくなる「政策的制約」がある、というのがバンガードの分析です。
④ 行動経済学が教える「なぜ投資家はパニックになるのか」
バンガードの論考は「ボラティリティの種類を理解せよ」と示唆しています。
一方、行動経済学はそれが難しい理由も教えてくれます。投資家の心理には、判断を歪めやすいバイアス(偏り)が複数存在するとされています。
直近性バイアス(Recency Bias)
直近に起きたことが「これからも続く」と思い込む傾向です。2008年のリーマンショック直後に「株はもう終わり」と売った投資家は、その後の長期的な回復局面を見逃した可能性があります。バンガードが「ボラティリティの種類を区別せよ」と強調する背景のひとつに、この直近性バイアスへの対抗があると考えられます。
損失回避(Loss Aversion)
行動経済学の研究(Kahneman & Tversky、1979年)によれば、人間は「利益の喜び」より「損失の痛み」をおよそ2倍強く感じる傾向があるとされています。この非対称性が、下落局面での「早く売りたい」という衝動を生みやすくします。
ハーディング(Herding)=群衆行動
周囲が売っているから自分も売る——という行動です。広島大学・楽天証券の共同研究(2025年)では、金融リテラシーがあっても過信(Overconfidence)がある場合、パニック売りが生じやすいことが示されています。知識があっても心理バイアスの影響を完全には排除できないということです。
しかし、エピソード型や景気循環型の揺れに対して同じ反応をすることが、長期リターンを損なうひとつの要因になり得ることも研究が示しています。
⑤ VIX(恐怖指数)とボラティリティの実態
市場のボラティリティを測る指標として有名なのが、VIX(Volatility Index:恐怖指数)です。シカゴ・オプション取引所(CBOE)が算出し、S&P500の今後30日間の予想変動率を示します。
| VIX水準 | 市場の状況(一般的な解釈) | 投資家心理 |
|---|---|---|
| 〜20前後 | 比較的安定 | 楽観〜中立 |
| 20〜30 | やや不安定 | 警戒感あり |
| 30〜50 | 高ボラティリティ(過去の景気後退局面で見られる水準) | 恐怖 |
| 50以上 | 極度の混乱(リーマン・COVID初期など) | パニック |
ただし、VIXはあくまで「予想ボラティリティ」であり、相場の方向(上がるか下がるか)を予測するものではありません。また、過去にVIXが50を超えた局面の後に、力強いリカバリーが観察されたケースも複数あります。VIXを「売りのシグナル」として機械的に使うことは、理論的な根拠が乏しいとされています。
⑥ エクイティリスクプレミアム——「揺れを受け入れること」への対価
バンガードの論考には重要な一文があります。「The equity risk premium—the higher returns investors expect stocks to deliver—comes with the potential for a volatile ride.(株式の超過収益は、ボラティリティという対価と引き換えに得られる)」というものです。
エクイティリスクプレミアム(Equity Risk Premium)とは、株式が安全資産(国債など)より高い期待リターンを持つとされる部分を指します。Fama & French(2002年ほか)の実証研究は、この超過収益が長期的に観察されてきたことを示していますが、同時に、短期では負のプレミアムも相当頻度で発生することも確認されています。
——エクイティリスクプレミアムに関する研究の示唆(Fama & French 他より要約)
つまり、ボラティリティは「取り除くべきノイズ」ではなく、長期リターンと表裏一体のリスクである、という見方が金融理論では広く支持されています。
⑦ 「歴史的文脈」を持つことの意味——バンガードが過去を参照する理由
バンガードの論考は、「過去を振り返ることがボラティリティ理解に有効だ」と述べています。
直近性バイアスへの対抗策として、行動経済学者たちは「より長い時系列での文脈把握」を推奨することが多くあります。たとえば、2020年3月のCOVID-19ショックは確かに実存的危機型の急落でしたが、その後12ヶ月でS&P500はほぼ完全に回復しました。一方、2001年のITバブル崩壊後の調整はより長期にわたりました。
「今の揺れが3タイプのどれに近いか」を考えることは、根拠のない楽観・悲観を避けるひとつの手がかりとなり得ます。ただし、過去は将来を保証するものではないという大原則は常に忘れないことが重要です。
⑧ バランスドポートフォリオの役割——揺れに「耐える」設計
バンガードは「真のバランスポートフォリオとは、避けられない暴落局面に耐え、株式に投資し続けられる能力を持つもの」と述べています。
債券は、株式が大きく下落する局面でクッションとして機能することが期待されます。株式100%のポートフォリオは長期的な期待リターンが高い可能性がある一方、大きな下落局面での精神的・資産的ダメージも大きくなる可能性があります。
また、バンガードは2025年時点で、米国株一極集中に偏ったポートフォリオを見直すことを示唆しています。主な理由は、グロース株中心の米国株が長期にわたってアウトパフォームしてきた結果、一部の投資家が知らず知らずのうちに米国株へ過剰配分になっている可能性があるためです。株式内での地域分散(米国対それ以外)や、グロース/バリューのバランスについても検討する余地があるとされています。
⑨ 「リスク許容度」と「時間軸」のズレに気をつける
バンガードは「リスク許容度と時間軸がポートフォリオと乖離しないようにすること」の重要性を強調しています。
これは行動経済学でも裏付けられた現象です。市場が好調なとき、投資家は「自分はリスクに強い」と感じやすく、ポートフォリオをよりリスクの高い方向に傾けがちです(過信バイアス)。しかし、実際に下落が来たとき、感じる痛みが想定より大きく、パニック売りにつながることがあります。
「自分は長期投資家だから大丈夫」と言えるためには、下落しても売らずにいられる精神的・資産的余裕がポートフォリオに設計段階から組み込まれている必要があります。
⑩ まとめ:「揺れの種類」を見極める視点を持つ
バンガードの論考が伝える核心は、「ボラティリティはすべて同じではない」というシンプルかつ重要な事実です。市場が揺れるたびに2008年やコロナショックと同列に考えてしまうことは、直近性バイアスの典型的な現れとも言えます。
3分類(エピソード型・景気循環型・実存的危機型)を頭に入れておくだけで、「これはどの種類の揺れか」と自問する習慣が生まれます。これが、根拠のないパニックを和らげるひとつのアンカー(基準点)になり得ます。
❓ よくある質問(Q&A)
- バンガードはボラティリティをエピソード型・景気循環型・実存的危機型の3つに分類している
- 3タイプは持続期間・深刻度・原因がまったく異なり、一括りにすることは判断を歪めるリスクがある
- 政策不確実性・AI対財政赤字のメガトレンド・FRBのジレンマが現在のボラティリティを支えているとされる
- 行動経済学が示す直近性バイアス・損失回避・ハーディングが、パニック売りを生みやすい
- エクイティリスクプレミアムは「ボラティリティを受け入れる対価」として得られるとされる
- バポートフォリオは「暴落に耐える設計」が前提であり、事前の設計が重要
一次資料
- Kevin Khang, Ph.D. (2025). "Not all market volatility is created equal." Vanguard Workplace. March 13, 2025.
https://workplace.vanguard.com/…
学術研究・参照文献
- Kahneman, D. & Tversky, A. (1979). "Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk." Econometrica, 47(2), 263–291.
- Fama, E. F. & French, K. R. (1993). "Common risk factors in the returns on stocks and bonds." Journal of Financial Economics, 33(1), 3–56.
- Bawalle, A.A., Khan, M.S.R., & Kadoya, Y. (2025). "Overconfidence, financial literacy, and panic selling: Evidence from Japan." PLOS ONE. DOI: 10.1371/journal.pone.0315622
- CBOE Volatility Index (VIX) — cboe.com
免責事項
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・投資手法の推奨・勧誘を行うものではありません。投資にはリスクが伴い、元本が保証されるものではありません。最終的な投資判断はご自身の責任において行ってください。本記事の内容は執筆時点(2026年6月)の情報に基づいており、将来の市場状況を保証するものではありません。
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