
S&P500は「PERが高いとその後10年リターンが低い」のか?
CAPEと統計の限界までわかりやすく整理する
「CAPEが高いと米国株の将来リターンは低くなりやすい」とよく言われます。
でもそれは本当に信頼できるのか。統計学的な弱点はないのか。
長期投資家が誤解しやすいポイントまで、できるだけ実務目線で整理します。
S&P500のPERやCAPEが高いと、その後10年リターンは低くなりやすい――。これは米国株の長期投資ではかなり有名な話です。
実際、歴史データを見るとこの傾向にはかなり根拠があります。特に10年単位の長期リターンでは、出発点のバリュエーションがその後の成績に影響しやすいことが、繰り返し確認されてきました。
ただし、ここには重要な注意点があります。短期の暴落予測にはほとんど使えず、統計学的にも「見た目ほど簡単な話ではない」という点です。
CAPEとは何か
このテーマでいちばん有名なのが、Robert Shillerで広く知られる CAPE です。CAPEは Cyclically Adjusted Price Earnings Ratio の略で、日本語では「景気循環調整済みPER」と呼ばれます。
定義は次のとおりです。
| 指標 | 定義 |
|---|---|
| CAPE | 株価 ÷ 10年間平均の実質利益 |
普通のPERは直近1年の利益を使うことが多いですが、企業利益は景気後退や一時要因で大きくぶれます。CAPEは10年分の利益をインフレ調整したうえで平均することで、そのブレをならして見る発想です。
ポイント
CAPEは「今の株価が高いか安いか」を、景気循環のノイズを減らして長期目線で見るための指標です。
なぜCAPEが高いと将来リターンが低くなりやすいのか
理屈はかなり直感的です。
株式の長期リターンは、ざっくり言うと次の3つで決まります。
- 企業利益の成長
- 配当
- 投資家がどれだけ高い倍率を払うか
すでにPERやCAPEがかなり高い局面では、投資家は将来の成長や好環境をかなり先取りして価格に織り込んでいます。すると、その水準からさらに大きく上がるには、想定以上の利益成長か、さらなる評価倍率の拡大が必要になります。
でも、評価倍率が永遠に膨らみ続けるわけではありません。だから出発点のバリュエーションが高いほど、その後10年くらいの期待リターンは低くなりやすいわけです。
ここだけ先に読むなら
高い価格から始めれば、将来のうまみは小さくなりやすい。 これがCAPEの基本的な考え方です。
歴史的にはどうだったのか
大筋では「YES」です。
代表的なのは次のような局面です。
| 時期 | 当時の状況 | その後の長期リターンの印象 |
|---|---|---|
| 1929年前後 | 高バリュエーション | その後に大恐慌で大きく悪化 |
| 2000年ITバブル | CAPEが歴史的高水準 | 2000年代は「失われた10年」と呼ばれるほど低調 |
| 2009年前後 | 金融危機後で割安化 | その後の長期リターンは良好 |
| 2021年前後 | 再び高バリュエーション圏 | 今後の長期期待リターンは抑えめと見る議論が増加 |
こうした事例を見ると、CAPEにはたしかに説得力があります。
ただし、短期の相場予測にはほとんど使えない
ここは本当に重要です。
CAPEが高いからといって、来月下がる、半年後に暴落する、1年後にマイナスになる、といったことはほとんど言えません。
実際、高バリュエーションの状態が何年も続くことは珍しくありません。2010年代はその典型でした。当時も「割高すぎる」と言われ続けましたが、米国株は長く上昇しました。
背景には次のような要因がありました。
- 低金利環境
- 高い利益率
- 大型テック企業の収益拡大
- 米国企業の競争力の強さ
- 後半には半導体需要の高まり
重要
CAPEは「今すぐ売り」「今すぐ暴落」を示す指標ではありません。
あくまで長期の期待リターンを調整するための物差しとして使うのが自然です。
統計学的には本当に強い話なのか
ここがいちばん重要な論点です。
「S&P500の10年リターンなんて、独立したサンプル数はかなり少ないのでは?」という疑問は、まさにその通りです。CAPEの予測力を語るときの最大の注意点がここにあります。
1. 独立サンプルが少ない
たとえば100年分の月次データがあっても、「その後10年リターン」を見ると観測期間が大きく重なります。
- 2000年1月からの10年リターン
- 2000年2月からの10年リターン
- 2000年3月からの10年リターン
これらはほとんど同じ10年を共有しているので、独立な観測とは言えません。見かけのデータ点は多くても、実質的な独立サンプル数はかなり少ないです。
2. 有名な散布図は、見た目より証拠が強すぎるように見えやすい
CAPEと10年後リターンの散布図は、かなりきれいな右下がりになることがあります。
ただし、その多くは重複する10年リターンを大量に使っています。そのため通常の相関係数や回帰の有意性をそのまま読むと、証拠を強く見積もりすぎる恐れがあります。
3. 時代ごとの構造変化が大きい
米国株の長期データには、金本位制、大恐慌、戦後成長、高インフレ期、ディスインフレ期、ゼロ金利時代、巨大テック時代など、さまざまなレジーム変化が含まれます。
つまり、同じルールの世界で同じ実験を何度も繰り返しているわけではありません。過去の関係がそのまま未来に続く保証もありません。
4. 説明力はあるが、誤差も大きい
CAPEには10年後の実質リターンに対する説明力があります。ただし、それは「かなりざっくり効く」という意味であって、未来を精密に当てるという意味ではありません。
統計的なまとめ
CAPEには長期リターンとの関係がある可能性が高い。
ただし独立サンプルの少なさ・重複データ・構造変化のせいで、見た目ほど「鉄壁の証拠」とは言いにくい、というのが公平な整理です。
図表で整理する:CAPEと将来リターンの関係
図表1:CAPEと将来10年リターンのイメージ
下の表は、概念的なイメージを単純化したものです。厳密な数値表ではありませんが、方向感をつかむには役立ちます。
| CAPE水準 | 市場の見え方 | その後10年の期待リターン傾向 |
|---|---|---|
| 低い | 割安 | 高くなりやすい |
| 中程度 | おおむね妥当 | 平均的になりやすい |
| 高い | 割高 | 低くなりやすい |
※ あくまで長期的な傾向であり、短期の値動きを示すものではありません。
図表2:統計学的な注意点まとめ
| 論点 | 何が問題か | どう解釈すべきか |
|---|---|---|
| 重複データ | 10年リターン同士が大きく重なる | 見かけのサンプル数ほど独立性はない |
| サンプル数 | 独立した10年区間は少ない | 有意性の解釈は慎重にする必要がある |
| 構造変化 | 時代ごとに市場の性質が違う | 過去の関係が将来も同じとは限らない |
| 予測誤差 | 同じCAPEでも結果のばらつきが大きい | 点予測ではなくレンジ感として使うべき |
図表3:投資家向けの実務的な使い方
| 状況 | CAPEの読み方 | 実務的な対応 |
|---|---|---|
| CAPEがかなり高い | 今後10年の期待値は低めかもしれない | 期待リターン前提を下げる、過度な楽観を避ける |
| CAPEが中程度 | 長期期待値はおおむね標準的 | 通常どおり積立・分散を継続 |
| CAPEがかなり低い | 今後10年の期待値は高めかもしれない | 悲観に流されず、長期投資の機会として見る |
それでもCAPEを見る価値はあるのか
あります。
なぜなら、CAPEは短期売買のシグナルとしては弱くても、長期投資の期待値を考えるうえではかなり有用だからです。
たとえばCAPEが歴史的に高いときは、次のように考えるのが自然です。
- 今後10年の期待リターンは、平常時より低めかもしれない
- 将来リターンの前提を控えめに置いたほうがいい
- 積立をやめるのではなく、過度な楽観を下げるべき
- 他資産や国際分散も検討する価値がある
逆にCAPEがかなり低いときは、恐怖が強い局面でも、長期投資家にはむしろ条件がよい可能性があります。
実務的な結論
CAPEは「今すぐ売る・買う」のスイッチではなく、長期前提の期待値を調整する計器として使うのがいちばんしっくりきます。
結論
S&P500のPERやCAPEが高いほど、その後10年程度のリターンが低くなりやすい、という話には、歴史データ上かなり根拠があります。
特にCAPEは、景気循環による利益のぶれをならした指標として、長期期待リターンを見るうえで便利です。
ただし、ここには大きな注意点があります。
- 短期の暴落予測にはほとんど向かない
- 10年リターンの分析は重複データが多く、見た目ほど独立サンプルは多くない
- 時代ごとの構造変化が大きく、過去の関係が未来にそのまま続く保証はない
- 統計的な関係はあっても、誤差はかなり大きい
長期ではバリュエーションは重要。ただし、統計的にも実務的にも「ざっくり効く」のであって、「精密に当たる」わけではない。
CAPEは、次の1年を当てる道具ではありません。今の価格で10年保有したときの期待値を、少し現実的にしてくれる道具です。
注:この記事は投資判断の助言ではなく、長期バリュエーション指標に関する一般的な解説です。CAPEと将来リターンの関係は、データ期間、実質金利、利益率の構造変化、集計方法などによって見え方が変わります。
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