「年10%」はもう幻想かもしれない──ハワード・マークスが静かに語る、市場との向き合い方
S&P500を持ってさえいれば年10%で増える──そんな“常識”に、世界最高峰の投資家のひとりが控えめに、しかしはっきりと首を振っています。
今回は、オークツリー・キャピタル共同創業者 ハワード・マークスのインタビュー動画から、特に印象に残った部分をまとめてみました。煽る話ではなく、長く投資を続けたい人ほど一度立ち止まって聞いておきたい内容です。
動画はこちら
1. S&P500「年10%神話」への、静かな警告
「S&P500を長期で持てば年10%で回る」──投資を始めるとき、ほぼ全員が一度は耳にする話だと思います。
【補足】よく言われる「年10%」は、ドルベース・配当再投資後・インフレ調整前の数字です。インフレ調整後(実質リターン)で見ると、おおむね 6.7%〜6.9%程度に落ち着きます。日本円ベースで見るとさらに為替の影響も加わるため、「10%」を額面通りに受け取るのは少し危険です。
マークスはこの“常識”に対して、データを淡々と並べながら釘を刺します。
📉 PEレシオと将来リターンの「負の相関」
購入時のPEレシオが高いほど、その後10年間のリターンは低くなる傾向がはっきり出ている、という指摘です。
そして現在のように PEレシオが23倍前後の局面でS&P500を買った場合、過去の事例では例外なく、その後10年の年換算リターンが「+2%〜−2%」のレンジに収まっています。
※PEレシオ(株価収益率):株価が「1株あたり利益」の何倍まで買われているかを示す指標。数字が大きいほど割高、小さいほど割安と判断される、株価評価の基本指標です。
「平均10%」の落とし穴
面白いのは、「100年の平均が10%」だとしても、個別の年で8〜12%に着地することはほとんどないという話です。
問. 1970年から2016年の間に、S&P500指数が平均リターンから±2%(8〜12%)の範囲に収まった年は何年あったでしょう?
ヒント:そんなに多くはありません。
答え:たったの3年。
逆に平均から大きく(±20%以上)離れた年は13年もありました。
つまり市場というのは、ほとんどの年で「大きく勝つか、大きく負けるか」のどちらかで、平均は“結果としてそうなった数字”でしかないということ。

※ドルベース 画像が見づらい方は画像をクリックしていただけると改善します
「平均10%」を心の支えにするのは少し危険で、10年単位で見たときに“ほぼゼロ”の期間も普通にあるということを織り込んでおく必要があります。
2. 最大のリスクは「リスクがないと皆が信じている時」
マークスがずっと言い続けているのが、リスクは企業や取引所から来るのではなく、投資家の“行動”から生まれるという考え方です。
「誰もが怖がっていない時こそ、無謀なディールが簡単に通ってしまう。」
これはバフェットも同じ趣旨を語っていますが、マークスの言い方はもっと臨床的です。
"You have to be clinical."
(感情を入れず、臨床医のように観察しなければいけない)
「買うべき時には、買いたくない」
動画の中で個人的にいちばん刺さったのが、引退したトレーダーの言葉として紹介されたこの一節です。
"When the time comes to buy, you won't want to."
(買うべき時が来たとき、あなたは買いたくないと感じているはずだ)
株価が一番安いタイミングというのは、ニュースが暗く、誰もが「もう終わりだ」と感じている時。気持ちよく買える瞬間に、本当のバーゲンは存在しない。当たり前のようでいて、いざその場面に立たされると本当に難しい話です。
3. 株が高すぎると感じる時の、現実的な選択肢
「じゃあ今みたいに株が割高だと感じるとき、どうすればいいの?」という疑問に対して、マークスは“逃げ場”もちゃんと提示してくれます。
- ハイイールド債(高利回り債券):現在の利回りはおよそ 7〜8%。株式ほどの爆発力はないけれど、契約に基づいて利息が支払われるので、不確実性は株より低い。
- 分散とリバランスを“決めた通り”守る:たとえば「株65% / 債券35%」と決めたら、特定セクターの炎上を見ても感情でいじらない。決めた配分に戻すだけ。
債券はハワードマークスの最も得意な分野ですね。個人投資家が米国のハイイールド債に投資をするには2258のような国内ETFまたはHYGのような海外ETFを使うのが無難ででしょう。
地味だけど大事なところで、「相場観で動く」のではなく、「あらかじめ決めたルールに戻す」。これだけで、人間の感情というバグからかなり守られます。
4. ハワード・マークスの“歴史的判断”を振り返る
彼の凄みは、言ってることだけじゃなく、実際にその時その時に動いてきた実績にあります。
| 局面 | 観察された状況 | 彼の行動と結果 |
|---|---|---|
| 2000年 ドットコムバブル |
利益の出ていない企業が過大評価され、若者が仕事を辞めてデイトレーダー化 | 警告メモ「bubble.com」を発表。約半年後にバブル崩壊 |
| 2007年 金融危機前 |
市場全体がリスクを軽視し、質の低いローンや取引が横行 | 史上最大規模の待機資金110億ドルを準備 |
| 2008年 リーマン後 |
「世界が終わる」レベルの極限的悲観論 | 毎週6.5億ドルペースで、皆が逃げる中ひたすら買い向かった |
リーマン直後の判断ロジックがシンプルすぎる
2008年9月、リーマン・ブラザーズが破綻した瞬間、マークスたちは70億ドル規模のファンドの12%しか投資していませんでした。「ここで投資すべきか、止めるべきか?」という究極の選択の中で、彼は驚くほどシンプルな結論にたどり着きます。
「投資して世界が崩壊したら、何をやっても結果は同じ。
でも、投資せずに世界が崩壊しなかったら、自分たちは仕事をしなかったことになる。」
世界の終わりに賭けるのは、確率的にも、職業倫理的にも合わない。──だから前進する。この潔さが、結果として歴史的なリターンに繋がっていきました。
5. 哲学の核心:「英雄」とは恐怖を感じない人ではない
インタビュー終盤で、彼はこう語ります。
「戦場の英雄とは、恐怖を感じない人のことじゃない。
恐怖を感じながらも、それでもやるべきことをやる人のことだ。」
投資もまったく同じで、“怖くない人”が勝つのではなく、“怖いけれどルール通り動ける人”が勝つということ。
未来を「予測」するのではなく、現在の「位置」を知る
マークスがよく言うのは、未来を当てるのは無理ということ。代わりに、「いま自分はサイクルのどのあたりにいるのか」を観察する。
- みんなが楽観しているのか、悲観しているのか
- リスクは過小評価されているのか、過大評価されているのか
- 「これは美味しい話だ」と簡単にディールが通る世界か、誰も買い手がいない世界か
これだけでも、勝つ確率は確実に上がる、と。予測ではなく観察。投資家にできるのは、未来を当てることではなく、今の温度を測ることだけ──というのは、すごく現実的でフェアな考え方だと思います。
6. 「平均を続けるだけで、上位5%に行ける」
動画の中で個人的にハッとしたのが、ある年金ファンドのエピソード。
あるファンドは14年間、株式部分のパフォーマンスが常に上位27%〜47%の範囲に収まっていました。要するに「ちょっと上のほう」を出し続けただけ。ところが14年トータルで見ると──全体の上位4%にいたそうです。
📌 マークスの結論
派手に勝つことではなく、「自分の足を撃ち抜くような大失敗」をしないこと。それを長く続けるだけで、複利は静かに、しかし確実に味方してくれる。
彼は自社のオークツリーをこう表現しています。
"Always good, sometimes great, never terrible."
(いつも良い、時々素晴らしい、決してひどくはない)
地味です。地味だけど、40〜50年これを続けたら、結果は化け物になる。「決して大火傷しない」というスタイル、個人投資家こそ参考にすべき哲学だと感じました。
まとめ:今日から持ち帰れる3つの視点
- 「年10%」は信仰ではなくレンジで捉える。高PE局面で買った10年は、+2%〜−2%に沈むこともある、という現実を知っておく。
- 感情ではなく、ルールで動く。あらかじめ資産配分を決め、相場の温度に流されず、淡々とリバランスする。
- 大勝ちより、大負けしないこと。「平均より少し上」を長く続けることが、結果として上位数%への近道になる。
マークスの話を聞いていて思うのは、彼はまったく煽らないということです。「今すぐ売れ」とも「今すぐ買え」とも言わない。ただ、「今、自分がどこに立っているかを冷静に見なさい」と繰り返すだけ。
個人投資家として一番ありがたいのは、たぶんこの“静かさ”なんだと思います。SNSの強気・弱気の声に疲れたとき、彼のメモやインタビューは、背筋をただし現実的な視点を思い出させてくれます。
動画は英語ですが、文字お越しや音声翻訳だけでも伝わるものがあるので、ぜひ一度通しで観てみてください。あと応援クリックもよろしくお願いします。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資商品や行動を勧誘するものではありません。投資判断はご自身の責任のもとで行ってください。
