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大正生まれの祖父

大正生まれの私の祖父は、

残念ながら令和を迎える事はできませんでしたが、

私に多くの幸福な記憶と、多くの教えを残してくれました。

太平洋戦争から東日本大震災まで、数々の試練を乗り越え、

大正、昭和、平成と、激動の日本を最後の時まで力強く生き抜きました。

時代は変わる。生きている間にも・・・

もし、あなたが1900年にベルリンに生まれたのなら・・・

子供時代をウィルヘルム2世(ドイツ皇帝)のドイツ帝国で過ごすことになります。

第一次世界大戦の後はワイマール共和国、

ナチス第三帝国、

共産主義の東ドイツで暮らし、

最後は、再統一された民主主義のドイツ市民として生涯を終える事になるでしょう。


あなたは生涯で、全く異なる5つの社会政治体系を経験することになります。

歴史を振り返ってみると、10年~20年のうちに、社会行動や経済活動が大きく一変してしまうことは十分にありえることだということがわかります。

あなたがもし1900年に生まれたとして、このルートに乗った時、最後まで財産を守り切ることはできたでしょうか?

私は天寿を全うするだけでもかなり高難易度に思えます。



30歳前に、なんとかアメリカに脱出したよ(フラグ)

少し別のパターンも考えてみましょう。

第一次大戦を生き残ったあと、ナチスが台頭する前に

なんとかドイツを脱出して米国に移住できたとします。

まあ、この段階でかなり難易度が高いと思うのですが(笑)


とりあえず、ここまでは何とか命と財産を守り抜くことに成功したとします。

ホッとするのもつかの間、夢と希望を胸に、新天地アメリカに移り住んだ、あなた(30歳前後)の身に大恐慌(1929年~)が直撃します。


大恐慌時代の米国の攻略法(簡易版)

1929年の9月から1932年6月までの間に米国株式市場は83%以上も下落しました。

単年では1931年に 米国株式市場は -43.5%の下落を見せました。

さてこの時代ですが、

実は大恐慌下の米国で財産を「守る」方法は意外と簡単で、

1926年9月から1932年6月まで間、1カ月物のTビル(無リスク資産)のリターンは6%ほどありました。(株式市場を約90%もアウトパフォームしてします)


やはり資産を守るには、株式だけではなくいろいろな資産に分散することが大切だということでしょう。

「増やす」という観点から見れば多少効率は悪いのかもしれませんが、自分自身の目標や計画に合わせて各々上手くバランスをとって頂ければと思います。


生き残るためには「自分自身の腕」が大切

今回はわかりやすく、すごく簡略化して書きましたが、

高い失業率なども考慮していくと、

そもそも元手を作ったり、安全な土地に移り住むのは非常に難しいことだったのかもしれません。

そういう意味では今の日本に住む私達は、当時の日本やドイツに住む人々に比べたら、まだ恵まれているように思えます。(今後はどうなるかわかりませんが。)

先程申した通り数十年で経済や政治、社会体系が大きく変わる国なんてざらにあります。

ですから、月並みですが、誰にも奪われない、自分自身の(就職したりお金を稼げる)知識やスキル、健康、行動力などが、今後より大切になってくるのかもしれません。


私の祖父は鍛冶職人

私の祖父は鍛冶職人でした。

不況や戦争などで何度か仕事を失いましたが(樺太や北方で働いていたことも)そのたびに自分の腕を武器に新しい職場を見つけ働き続けました。

どこに行っても通用する己自身の腕(技術)が自分自身の身を助けたわけです。

もしかしたら私よりも祖父の方が今でも就職に強いかもしれませんね(笑)。

変わりゆく時代と季節に想いを馳せる

いろいろな想定に基づいた「十分な資産の分散」と、「自分自身の能力(スキル・知識など)」

最悪の時に自分や家族の身を守るうえで非常に大切だと思います。

本当に基本的で、月間並な結論でもうしわけないのですが、

夏の終わりに、祖父との思い出を懐かしみながら、思ったままを書いてみました。


今晩は八戸市の花火大会。暑かった夏が終われば実りの秋がやってきます。

過行く季節に想いを馳せつつ、次の季節を楽しみながら

今後もVOOに投資をしていきたいと思います。


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