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1929世界恐慌

「暗黒の木曜日」と呼ばれる1929年10月24日、

ダウ平均は一時12.9%下落しました。

しかしこの日は取引終了までに大きく回復し、前日より2.1%下がるにとどまりました。


1929年10月28日(月曜日) NYダウは1日で12.8%下落しました。

当時の一日の下落幅の過去最高記録を更新し、その後87年の暴落(ブラックマンデー)まで破られることはありませんでした。

翌29日も11.7%下落し、二日で23.1%の下げ幅となりました。



その後、1930年代を通じて米国経済は沈滞します。

米国の景気後退は33年まで続き、32年までに、株価は約8割下落、実質国内総生産は3割の下落。失業率は一時約25%まで上がりました。


1929世界恐慌を全て描こうとすると、様々なテーマや要因があるためとても長くなります。

ですので今回は「世界恐慌が始まった時の新聞(ニュース)」に絞って進めていきたいと思います。



1929年10月28日月曜日の「ニューヨークタイムズ朝刊」

「日曜日のウォール街は、普段なら田舎のブドウ畑のように人影もなく静寂に満ちている。だがこの日は史上最も大変だった一週間を終えて、社内を整理しようとする銀行や証券会社の社員たちで活気が見られた。取引再開を告げる10時のベルが鳴るころにはほとんどの金融機関が業務の準備を整え新しい週に臨むだろう」


「(日曜日)観光客は、先週起きた事件の中心地である証券取引所やモルガン銀行などを興味深げに除いている。あちこちで道に散乱しているチッカーテープの切れ端を拾い上げている。古戦場を訪れた観光客が記念に銃弾を拾うのと同じである。この地区を特別にコースに組み込んだ観光バスも訪れてい。た」

「(木曜日の)市場の一時的な暴落は、ファンダメンタルズに対する考察から生じたものではなく、技術的な原因によるものだ」とも述べています。


この数時間後、大暴落があり、その後長期に渡る不況と株価低迷が続くとは思えない、普通の記事が続きます。

最悪の一週間はこれからはじまるというのに・・・


「ウォールストリートジャーナル」

「責任ある立場にいる人々は皆、ビジネスの状況は健全だと話している」


「シカゴ トリビューン」(日曜日版)

「大きく膨れあがった投機バブルははじけたが、その原因は、我が国の全般的な状況にはほとんど見受けられない。頭でっかちの構造が勝手に崩れただけで、地震が起きたわけではい」


経済学者アーヴィング・フィッシャーは、「株価は、恒久的に高い高原のようなものに到達した」という有名な予言を行っていましたが、

新聞各紙のニュースに、暴落直前に特に変わったニュースはありませんでした。


木曜日も同様です。

新聞の見出しはこんな感じでした、

〇ブーバー大統領が川下りを楽しんだ。
〇大西洋横断に挑戦していた飛行家が行方不明
〇ヨットレースのルールを発表
〇カーネギー基金の報告書が大学スポーツ選手への補助金を非難
〇ブーバー大統領が内陸運河整備計画を発表
〇アトランティック・リファイニングズの収益が過去最高に
〇製糖業界が砂糖の関税引き下げを求める。ロビー活動が問題に。

暴落に関係ありそうな見出しをしいていえば

〇国際決済銀行設立に向けた取り組みが後退した。くらいでしょうか?

これも直接関係あるとはあまり思えませんが・・・。




後付けで・・・

後からどうこういうことはできます。

また暴落の数か月前から株価が実体経済より高くなり過ぎているという懸念もありました。

しかし、朝、出社前(市場が開く前)に上のような見出しの新聞をみて、

「さあいよいよ今日大暴落がくるぞ、これから10年以上続く不況が始まるな」

と予想できるでしょうか?

少なくとも私にはできません。


極論を言えば、

極論ですが、今報じられている米中貿易問題やFRBの金利は、

先行きに備えることができる分まだマシだと思います。

ですが、いつ暴落がくるか、不況がスタートするか

当日の新聞や、その週末の新聞ですら、きっかけが報じられない時もあります。


もしかしたら、懸念する記事もどこかにあったかもしれません。

しかし、大きい見出しには、暴落に直接関わりのありそうなものはありませんでした。


結論

ニュースを見てから、どうするか考えて、動くのではなく、

日ごろから、暴落や景気後退がいつ起きても大丈夫なくらい

余裕を持った資産配分をすることが大切だと思います。


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