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前回の記事から続きです。

日本の戦後最大の取り付け騒ぎの一つであり、日本の経済成長に終わりを告げ、近年まで続く不況初期の象徴的な事件として有名な山一証券破綻を取り上げます。


前回記事にした木村氏の最初の報道記事が出た3か月後、山一証券では経営陣が刷新されました。


山一証券の新社長は営業畑出身で、全くの候補外から突如社長となった野澤社長です。
(後に別件で逮捕される)前任の三木社長から損失補填による2600億近い帳簿外負債についての情報を全く知らされていませんでした。

常務の藤橋氏は早い段階から損失隠しを知っていました。

社長が常務の藤橋氏から事実を知らされた時、野澤社長の頭は徐々に下がり、顔は青くなっていったといいます。全て聞き終わった後も黙り込み一言も発しなかったといいます。

もはやその額は会社存続が危ぶまれる規模まで膨らんでいました。


しかし、野澤社長はあきらめませんでした。

翌日会議で会社の生き残りをかけて新プロジェクトを始動させます。会社の規模が小さくなってもいいという覚悟と、具体的な数字とともに語られた生き残り策は、役員にいけるかもという期待をもたせました。

社員の生活を一番心配していた野澤社長でしたが苦汁の決断を下します。

生き残り策として、まず役員と店舗の数を半数に。社員の半分をリストラ、野澤社長自身も責任もって辞職。

そしてマスコミに報道される前に自主的に損失隠しを公表と謝罪をして、なんとか信頼を維持したいという考えでした。

しかし、発表予定日の数日前に前出の三木前社長が別件で逮捕され、その謝罪に追われ、更なる不祥事の公表が難しくなります。

何とか事態を打破するためメインバンクに救済を求めるも断られ、海外の金融機関に助けを求めるも失敗。

最後の手段として大蔵省に救済を求めます。最初は大蔵省も野澤社長の自身の辞任とリストラ計画の覚悟に、優しく最後まで話を聞いてくれ「力になる」と言ってくれたといいます。


しかし、ここで前回記載した木村氏の第3の記事が偶然にも最悪のタイミングで炸裂します。

3日後大蔵省を再び尋ねるも態度が一変します。最初は救済に前向きのように思えた大蔵省でしたが、内閣からの指示で自主廃業を促す立場に変わっていました。

世論も完全に敵となり厳しさが増します。

一説にはバブル以降不祥事の続いた金融業界への見せしめという見方もあります。


ここにきて野澤社長は就任して3か月で初めて「ここから飛び降りたい」と弱音を吐いたと言います。

その後、翌日の会見に備え、ホテルで夜中までほぼ一睡もせずに会見の練習したといいます。
それまで営業一筋だった野澤社長は記者会見などしたことがなく、全く慣れていませんでした。でも、それでも間違ってはいけないと一生懸命練習を続けたそうです。

会見が始まり淡々と記者の質問に答えていた野澤社長でしたが、

2時間がたったころ記者からの「社員についてどう思うか?」との質問に、号泣し、感情を露わに、叫びます。

「これだけは言いたいのは 私らが悪いんであって社員は悪くありませんから どうか社員の皆さんに応援してやってください。よろしくお願いします」



心中を察するだけで、私は涙がでます。


そして何も知らない社員一万人は仕事を失い、翌日顧客が各店舗に押し寄せました。
ほとんどの社員が顧客と同様その会見で初めて事実を知ったと言います。

いくら一生懸命営業をかけてもなかなか顧客が集まらないのに、倒産するとわかったら行列ができるというひどい皮肉のような光景が全国の店舗前で広がりました。

当時ですから顧客に暴言を言われたりや殴られるは当たり前。
さらに某他の三大証券会社の一つが、解約を待ち行列に並ぶ人々に名刺を配り「うちに資産を移しませんか」と営業をかけるという凄まじい光景がそこにはあったといいます。

仁義も志もないとでもいいますか、今風に言うとモラルもコンプライアンスもないといいますか。
日本人は災害時でも倫理を守る、素晴らしい精神を持つ国民と言われています。でも同じ日本人達によって醜悪な光景がたった一晩のうちに(記事が出てから1週間で)出来上がりました。

もちろん損失補填と帳簿外負債隠しを行った前経営陣と、実行した社員は悪です。犯罪者です。
山一証券も会社としての汚名は避けられません。

ですが果たして何も知らなかった野澤社長初め、普通にまじめに働いていた旧山一証券社員に罪はあるのでしょうか?

私も当時の報道では全く別の印象でしたが、後日談として野澤社長や旧山一証券の社員のことを知れば知るほど、同情と、その苦しさ、その後の再就職の難しさや家族を養う困難さなどを思い胸が痛みます。


実際今後自分の勤めている会社、投資先の企業で同様の出来事が絶対起こらないと言い切れるでしょうか?

(私にはそこまで楽観的になれません)

今あの会見を見ると、目頭が熱くなります。
号泣し崩れ落ちる野澤社長に「あなたは悪くない、本当にがんばった」と声をかけてあげたくなります。(もちろん私なんかが声をかけるのもおこがましいですが)


負債隠しの公表が遅れたのが悪いという批判もありますし、その批判も理解もできます。
でも、もし自分が急遽当時の野澤社長と同じ状況に置かれたとしても、最後まで、あそこまで頑張れなかったと思います。

月並みの感想ですが経営者とはかくあるべきといいますか、こういう社長になら、上司ならついていきたいと思いました。


私がもう少し年齢を重ね然るべき立場になった時、また仕事でどうにもならなくなった時、最後まで戦い抜いた野澤社長の姿を思い出そうと思います。

勝者ばかりがそのストーリーを語られ歴史に残ります。耳障りのよく、爽快な話や豪快な逸話は、英雄談にも似た華々しさがあります。

ですがたまには滅多に語られない敗者の歴史、負けた側、潰れた企業のストーリーに耳を傾けてみてもおもしろいのではないのでしょうか?。


野村監督曰く「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」


最後となりましたが、当然ながら何も知らず騒動にあわれた顧客の方が最もの被害者であります。一方的に山一証券を擁護する意図は全くないのでご理解ください。


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